よく知られた英国民謡「グリーンスリーブス」。ルーツはかなり古く、最古の記録は16世紀までさかのぼることができる。シェークスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」の中にも出てくる。

英国民謡を生涯で800曲も収集したという作曲家のヴォーン・ウィリアムズがこれを見逃すわけがない。シェークスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」を「恋するサー・ジョン」という名前でオペラ化する際に、当時の雰囲気を出すためにいくつかの古い民謡を使うにあたってグリーンスリーブスも取り上げたのだった。

オペラそのものは現在のスタンダードな演目には残らなかったが、代わりに1つの人気器楽曲を生み出すこととなった。グリーンスリーブス幻想曲である。

民謡グリーンスリーブスとそれをアレンジしたヴォーン・ウィリアムズ作品にはいくつかの謎が存在する。

まず、現在の欧米ではグリーンスリーブスそのものはなぜかクリスマスソングとして扱われることが多い、という話がある。

これは、19世紀に作られたクリスマスシーズン用の詩(クリスマス・キャロル)がたまたま似たようなメロディーで歌われていたものが後で1つの曲になったか、あるいはグリーンスリーブスのメロディーを借りて歌われるようになった、という経緯によるものらしい。これを使う教会は日本でも少なくなく、「御使いうたいて」という名称で定着している。民謡の原曲の歌詞は恋人との別れを嘆くようなものであるから、随分とイメージの遠い流用話ではある。

次に、ヴォーン・ウィリアムズの幻想曲の成立についてだが、多くの曲目解説では「オペラ『恋するサー・ジョン』の中でヴォーン・ウィリアムズが間奏曲に使ったものをラルフ・グリーヴスが編曲して…」というぐらいの説明になっている。が、実際のオペラ「恋するサー・ジョン」では、「グリーンスリーブス」は単独で1つの曲になっているし、幻想曲の中間部に使われている民謡「美しきジョーン」はオペラでは別の場所で使われているなど、随分と幻想曲とは形態が異なる。

これをABA形式に仕上げたのは、少なくとも楽譜としては他でもない「編曲者」ラルフ・グリーヴスによるものが最初なのである。2曲合体のアイデアがラルフ・グリーブスによるものなのかヴォーン・ウィリアムズよるものなのかはよくわからないものの、なかなか良いアイデアであることには間違いない。ともかくこの幻想曲についてはもっとラルフ・グリーブスの名前を語ってあげてもよいのではないか、と思うのだ。

そして、極めつけの謎は、ヴォーン・ウィリアムズが使った旋律パターンは明らかに古来の一般的な民謡のものとは異なっている、という点。

こちらが伝統的な旋律:

そしてこちらはヴォーン・ウィリアムズの使った旋律:

小さい違いだが、後者のほうが明らかに近代的でロマンチックさを増したものになっており、曲の幻想味を際立たせている。日本では、むしろこちらの旋律パターンほうがより親しまれているのではないだろうか。さてこれはヴォーン・ウィリアムズの「編曲」なのだろうか、それとも類似旋律の前例があるものなのだろうか?

随分といろいろ考えさせてくれる曲である。