著作権もあやふやならマスメディアや通信手段も乏しかった18~19世紀、有名人気作曲家の名を語った偽作は幅広く横行していた。その中のいくつかは、本家本元ほどの深みは無くとも旋律などの魅力で現代のレパートリーにまで生き残っている。

例えば、有名なところでは「ハイドンのセレナーデ」。これは、ハイドンファンだった同世代のアマチュア作曲家が、ハイドンのスタイルを真似て書いた弦楽四重奏曲だ。 書いた本人にどの程度の悪意があったかわからないが、少なくとも出版元は、よく売れるハイドンの名前を借りることに積極的な商売上の意義を見出していたであろうことは間違いない。なかなか巧みに書かれており、今ではちゃんとクラシック名曲扱いだ。こういう作品を見ると、偽作も捨てたものではない、と思わされる。

時代は下って20世紀。今では「バロック」の人気曲扱いとなっている「アルビノーニのアダージョ」が1958年に初めて出版された時、「編曲者」である音楽史家レモ・ジャゾットは曲の出自について次のような説明を行った。 ~第2次世界大戦直後の1945年、ドレスデン国立図書館の廃墟の中で偶然にアルビノーニのトリオ・ソナタの断片を発見。この断片を元に単一楽章のアダージョを復元した。~

残念ながら現在この断片は見当たらず、アダージョはおそらくジャゾットの偽作であろう、という見方が定着しつつある。そうだとすると、発見にまつわるストーリーの創作など、実に凝った舞台設定を準備したものだ。

「アルビノーニのアダージョ」は甘く美しい曲である。熱烈なアルビノーニファンだったジャゾットの心に思いを馳せながら弾くと、それはそれで特別の興趣が湧くのを禁じえない。オルガンとともに合奏する機会があったら、ぜひ。