【編成】弦楽四重奏とフルート1本または2本
【収録曲】ラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」Op.34-14
【編曲者】Kyril Magg
【出版社】LEAF Publications
ヴォカリーズとは母音だけで歌う歌詞の無い歌のこと。ラフマニノフによる名曲揃いの歌曲集Op.34の中でもこの「ヴォカリーズ」は群を抜いて人気の高い曲であり、また、他の作曲家を含めたすべてのヴォカリーズ作品の中で最も有名なものの一つであろう。
様々な形態に編曲されて演奏され、あまりに幅広い人気を獲得しているがゆえに、原曲が歌曲であることを知らない人さえいるほどだ。
ただ、それらの編曲の多くには『最初の1分ぐらいは素晴らしいが、曲が進むに従い、変化の乏しさから徐々に飽きがくる』という明瞭な傾向がある。やはり歌詞は無くても人の声の力は偉大である。どうも他の楽器では間がもたないのだ。
さて、今回取り上げたLEAF社という米国のフルート譜専門の出版会社によるヴォカリーズの編成は、弦楽四重奏とフルート。着想はよろしい。冒頭は期待通り美しい。そして、予想通りダレていく。
フルートが原曲の声のパートをそのまま写しただけと思しきアレンジになっているため、旋律は最後の最後までフルートが担当することになる。ただでさえもたない曲なのに、これは本当につらい。
そして、最後の9小節に至ってこの編曲者が指示するのは、なんと第2フルート(オプション)の追加である。
楽譜の説明書きによると「このオプションでは、2人目のフルーティストがステージ裏で最後の9小節だけ旋律を吹く。遠く離れた響きが曲の結尾に悲しみと諦め感を与える」とある。「客に第2フルートがどこにいるか悟られないようにすると効果的」とも。
このオプション、実際の演奏会で試してみたことは無いのだが、終わりの9小節だけ急に舞台裏からの怪しげな音が増えても観客が驚くだけなのではなかろうか。
さらに凄いのが、扉の裏に書かれた編曲者による献呈文だ。自分の母、祖父、祖母、叔父、曾祖父に対する、それぞれ説明文付きの献呈が述べられている。
「この編曲を捧げる」、である。人の作品を書き写しただけなのに、肩に力が入っていること夥しい。
珍品楽譜の1つに数えたいところだが、原曲が有名作で、なおかつ、弦楽四重奏+フルートというよく発生しがちな楽器の取り合わせであるため、実際に楽譜を使わせてもらう頻度は意外に高かったりするのは、苦笑するしかない。